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ワンプレートランチの発祥はトルコライス?ロコモコ?大人は食べられないお子様ランチ!

ワンプレートランチ

最近ランチを食べようとお店を見て回ると、
お店の前にワンプレートの料理のサンプルを
出しているお店に目がいってしまいます。


おしゃれに見えるだけでなくとっても美味しそうに見えます。
ぎゅっといろんな物が詰まっているお弁当みたいで、
彩りも綺麗だからかな。

もうずっと昔、ワンプレート料理がそんなに出回ってなかった頃、
長崎でトルコライスを食べました。

ピラフとスパゲティととんかつを一緒にお皿に盛った料理で、
その頃ワンプレートとは言ってなかったと思います。

一度にピラフもスパゲティもとんかつも食べる事が出来て
とってもお得な感じがしました。

私はトルコライスがワンプレートが流行った
始まりじゃないかって思ってたんですけど、
ある友人はロコモコじゃないかって。

 

そうだよね、ロコモコもワンプレートで美味しそう。
一時期すごく流行ったからそうかも!って思ったら、
また別の友人が、「でもこれって大人が食べたいお子様ランチだよね」
って言った言葉でみんなが納得。

大人は食べられなくなってたお子様ランチの感覚ですね。

思ってたんですよ、お子様ランチが大人でも食べられたらって。
ちょっとお高いレストランのお子様ランチは、
お菓子などで誤魔化されないきちんとした料理になってるから、
とっても美味しそうなのに、
お子様限定なんですよね、悲しい事に。

それが今はワンプレートと言って、
洋食のお店だけじゃなくても食べられる。

中華のワンプレートも美味しかったですよ。
濃い味付けの豚の角煮がご飯に乗ってます。

もう一品は鶏肉ですがこちらも濃い味付け。
だから、ご飯に合う合う!
とっても美味でした。

あ・・でもこれってどんぶりに乗ってたら角煮丼ってなるのかな。
どんぶりっていうと

おじさんってイメージで注文しにくいかもしれないけど
ワンプレートだと全然平気で角煮でも頼めちゃう。
案外それが流行る元だったりして。

こんな飯は?

母のやさしさがいっぱいの手作り弁当。今自分が家族を持ってありがたさを感じている。

手作り弁当

私が子どもの頃から毎日私や家族の食事を作ってきてくれた母親。

今自分が家族を持ってそのありがたさをしみじみと感じている。

 

母はとても健康志向でいつも野菜をたくさん使ったり、栄養のことを考えて私たちの体、健康を第一に食事作ってくれた。

若かった私はそのありがたみよりも見た目や味に対して他のお母さんと比べてブチブチと文句を言ったことも何度もあった。

いま考えると何とおこがましい話だろう。

謙虚な母はそんな愚痴に対して怒るというよりも「ごめんね」といつも改善しようと勤めてくれていた。

中学校になりお弁当を学校に持っていくことがしばしばあった。友達のお弁当箱の中身を見て驚いた。

なんという色ばえした可愛いお弁当なのだろう!
それに比べて私のお弁当は全体的に茶色く、可愛げも何もない。

 

でもあるときある友達が言った。
「お母さん冷凍食品何も使わないで本当にすごいよね。見習わなくちゃだよ~」と。

 

中学生ながらになんとも大人な発言をする友達だろうと私はそっちに驚いた。

でも確かに実際に話を聞くとお弁当の内容のほとんどが冷凍食品だと話す友達も少なくなかった。冷凍食品はとても高くつくし栄養的にもイマイチだということを私の母はきちんとわかっていて本当の愛情を注いでくれていたのだとじきじきに理解する。

毎晩のおかずを考えるのがこんなにもストレスだなんて知らなかった私はできることなら昔の自分に感謝を学べと言い聞かせたくなる。

 

でも人は(私自身)きっと経験しなければ理解できないことばかりなのだろう。

身近に素敵なお手本がいることに感謝しよう。今度は自分の子供たちに対して愛を受け継ぐ番。

こんな飯は?

ギョニソ!有名事件が原因で一般家庭に普及!・・・でもたまには自分で作る!ための簡単レシピ!

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ギョニソ!ギョニソ!
それは某さくら水産で80円という格安なお値段で出てくるあいつ。
おうちでもおやつとして人気の高いこの食べ物、
小さなころから当たり前のように家にありました。

しかしこの魚肉ソーセージ。
普及の拝啓にはとてつもなく大きな社会問題があったのをご存知でしょうか。

時は戦後の1954年。
すでに日本において魚肉ソーセージの開発は大正時代に完成しており、
市場では「スモークミート」という商品名で発売されておりました。
場所は遠く東南の海、ビキニ環礁。
この名前が出れば何が起こったかはお分かりですね。
そう、有名なアメリカの水爆実験(キャッスル作戦)です。

このキャッスル作戦では6回の実験が行われました。
この実験により、近くにあった島は消え去り、直径1.8kmのクレーターができたそうです。

話がずれましたが、重要なのはこの実験で被ばくした第五福竜丸。
第五福竜丸は静岡のマグロ漁船でしたが、遠洋漁業中にビキニ環礁の近くを通り、
死の灰を浴びて被ばくしました。

これによって何が起きたか。
もちろんアメリカへの非難はおきましたが、消費者がマグロを避けるようになりました。
結果マグロの価格は大暴落、水産加工会社は苦しい状況に陥りました。
この余剰マグロ(もちろん被ばくしてませんよ)を何とかしようと、
直接「マグロ」という文字を使わない、魚肉ソーセージの生産・販売に力をいれました。
安価でおいしい魚肉ソーセージは給食にも出るなどして、現在の地位を得ました。

色々あるんだねぇ。

ということで、今回はそんなギョニソをお家でつくっちゃいましょう。
ちょっとアレンジも加えてみましたので、ぜひともお試しあれ!

ingredients
明太子 1本
ピザ用チーズ 25g
白身魚のすり身 200g
片栗粉 大1
卵白 1個分
しお

3min
■明太子を包丁の裏でこそぎ取り、皮を取り外して中身だけにしておく。
■明太子含めたチーズ以外の素材をよく混ぜ合わせたら、最後にチーズを入れ、ざっくりと混ぜ合わせる。
■混ぜた材料をスプーン等ですくってラップにのせ、細長く形作ったらラップで巻いておく。
■蒸し器などで20分程度蒸し、ラップを取り粗熱が取れたら完成!

tips
+成型するときはしっかり空気を抜くが、ラップはきつきつにしないこと!(蒸しているときに破裂する可能性があります!)

こんな飯は?

長崎でも太麺派と細麺派に分かれる皿うどん。長崎市で生まれ育った私はパリパリ麺、油で揚げた細麺派

思い出の皿うどん
長崎市で生まれ育った。子供の頃から「ちゃんぽん」「カステラ」「トルコライス」等々と共に慣れ親しんで来た料理の一つであるが、
長崎の老舗店である「吉宗」の「茶碗蒸し」「蒸し寿司」と共に、どちらかと言えば「おご馳走」と言える料理の一つであった。

 

福岡の「博多皿うどん」が、ちゃんぽん程の太さがある中華麺を使っているのに対して、
長崎の「長崎皿うどん」はどちらかと言うと中華麺よりは、油で揚げた細麺(通称パリパリ麺)の方がやや一般的かと思われる。

 

地元長崎でも太麺派と細麺派に分かれるが、長崎市で生まれ育った私はパリパリ麺、油で揚げた細麺派である。
同じ長崎でも佐世保市などの県北地域では中華麺を使った皿うどんの方が主流であるようだ。

そして長崎じげもんの皿うどんの楽しみ方と言えば、お店で単品で注文するというよりは、どちらかと言うと大人数分を一度に注文し、大皿から各自取り分けて食べる食べ方が主流だ。

職場で残業時に出前を取るところもあれば、家族で人数分の出前を取ることも多い。
また、出前で注文する長崎の皿うどんと言えば、
ソースが栄養ドリンクのような遮光ガラスの瓶に入っていることも多い。

 

長崎は漁業が盛んな県としても有名であるが、
皿うどんの具材にはカキ、イカ、エビなどの魚介類も豊富に入っており、
他の豚肉、かまぼこ、キャベツ、もやしなどの具材と、
豚骨などでとったスープと、水溶き片栗粉でとろみをつけた餡が絡むことにより絶妙なハーモニーを奏でている。

しばらく故郷長崎を離れて暮らしていたが、
今では全国展開しているチェーン店などでも皿うどんを楽しむことが出来るため、
長崎県外でも皿うどんをよく食べてきた。
しかし、この「出前で頼む皿うどん」というのは、やはり地元長崎に帰って来た時でないと堪能出来ない。

 

出前で頼んだ当日の味の絶品さもさることながら、
出前を頼んだ翌日の皿うどんもまた格別な味である。
翌日の皿うどんは再びフライパンで火を通して食べるところもあれば、
耐熱パックなどに移し替えてレンジでチンして食べるところもある。

私は冷めたままでもよく食べていた。冷めていても美味しい、愛おしい皿うどんである。
出前の皿うどんの味は長崎民の心のふるさとの味だと思う。
全国に誇れる郷土の名物料理である。

こんな飯は?